パンデミックでオンライン化が加速
https://twitter.com/miyasaka/status/1309712599601180672?s=20
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日米のものづくりの比較分析は経営学や工学ではポピュラーなテーマだと思いますが(個人の見解です)、代表的な一つにアメリカはゼロイチが得意というものがあります(個人の見解です2)。
大胆に素早くアイデアを形にして、粗い品質でもパッと市場に出してフィードバックループを回すことで、まだ誰も検証できていなかった新しいモデルのプロダクト・サービスを確立する、といったような感じで。それに伴い得意な産業と苦手な産業も分類されます。緻密な品質が求められしかも集団作業が必要な車や都市建設なら日本の方が得意だけど、敷居が低くて何度もスクラップ&ビルドしながらスパイラルに作っていける映画やソフトウェア作りはアメリカの得意分野だといったように。(以上、「ハッカーと画家」の「第0章 メイド・イン・ザ・USA」から雑抜粋)
今回はその話自体は深追いしませんが、ふとしたきっかけで見たreactというwebライブラリの設計原則の話が「これがゼロイチ力の粋(すい)だよなあ」と唸ってしまったくらいにおもしろかったので、まとめてみました。
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ブログのタイトルを「悠々自適」と名付けていることに特に深い理由は無いんだけど(ネトゲでギルマスしていた時のギルド名の一つだったくらい)、この4文字熟語への思い入れはともかく、「自由」というものへの欲求は人並みならぬものを持っているという自覚はある。
自由にもいろいろあるが、私が強いのは精神的自由になる。経済的自由については、中庸だなあというところ。精神的自由をもち自立していたいという欲求である。何にも縛られたくないし、自分自身のやることは自分自身で決めたい。押しつけられたものではなく自分で選んでるとしても、パッケージされたステレオタイプの像から選ぶのではモヤモヤして違和感を持ってきた。他人の評判ではなくできるだけ自分の目で見て触った感触で判断したい。考えや価値観は人それぞれである。世の中は多様で唯一解なんて存在しない。精神的自由がどういうものかこの後述べるが、それがあなたにとっても良いというわけでもないだろう。
続きを読む「The Secret Mozilla Hubs Master Plan」の翻訳です。
この記事は、AltspaceVR(2017年にMicroSoftが買収)の共同創業者で現在はMozillaでエンジアリングマネージャーを勤めているGreg Fodor氏が、HubsとSpokeの戦略を説明したものです。
まずウェブが「焦点したこと」と「やらなかったこと」を分析して、次にHubsやSpokeはウェブの前例を踏まえて何を行うことにしたのかを説明しています。Hubsはブラウザベースの仮想空間スペースと呼ぶようなもので、Spokeはそのワールドの作成ツールです。
直近10年のモバイル隆盛をガン無視してるところなど仮説の正しさには疑問もあるんですが、このような大きさのテクノロジープラットフォームの設計を要因分析から戦略構築まで論理性を持って導出しているプロセスは、仮説の正しさはさておき示唆が多いなと思った次第です。
以下、翻訳です。
続きを読む第一世代のwebでテキストがハイパーリンクされ、世界中の情報が繋がった。第二世代のソーシャルメディアで個人がメディアになり、ソーシャルグラフにより人が繋がった。そして第三世代のプラットフォームが幕を開けているという。今年ケヴィン・ケリー氏が発表したエッセイでは、ミラーワールド*1と名付けられている。いろいろな"3"の話を見聞きしたけど、一番しっくりきたので記事にしてみたい。
ミラーワールドとは、カメラやセンサーで大量の現実世界(フィジカル)の情報をインターネットにアップロードして現実世界をミラーリングして作ったバーチャル世界のことを指している。バーチャル世界に現実世界の区画一つ一つがマッピングされた状態だ。カメラの画像が機械学習され3Dモデルに変換され、GPSや深度センサーなどにより目の前のテーブルやビルや道路にコンピュータ情報のメッシュが掛かっていくようなイメージだ。
小学生の頃、シャーロック・ホームズに憧れていた。ホームズは、相手が答えを話さなくても、身なりや仕草や一見無関係な会話から出身や職業や真相を看破する。観察して質問して発見してそれらを練って、「知る」のだ。
子供の頃から「知る」ということに強い欲求があった。小学校の頃に新学期で新しい教科書を貰うとすぐに読んでしまって授業は復習のようなものだった。足りないので図書館に通い貸し出しカード上限まで借りてきては読むの繰り返しだった。
「知る」というのも考えてみると種類がある。ここでは、1.暗記、2.型を学ぶ、3.概念を認識するの3つに分けてみよう。この三段階は徐々に抽象度を上げたつもりで並べた。一つ目の暗記は、歴史の出来事や店の名前を覚えるようなことだ。名詞を増やしていく。二つ目の型を学ぶは、プログラミングを習得するとか切符を買って電車に乗る方法を覚えるとかのようなことだ。公式を増やしていく。三つ目は、初めてテレビの中で動く人を見たようなことだ。いまいち上手い例えが思いつきませんでしたが、今まで持っていなかった認識モデルを増やしていくということをイメージしている。
三つ目は、いざ分類しようとすると難しくて、二つ目の派生のような気もする。例えば、今まで知らなかった考え方を学ぶとは何に当たるのか?二つ目の気もするし、三つ目の気もする。概念を知るということは型を学ぶよりもっと根底から知らないことを知るということな気がするが、今いち線が引けない。そこで、もう少し卑近で類推できそうな事例を見つけたので書き記しておこうと思う。外国語を学ぶことと性格を知るという例だ。
続きを読む今年冒頭にコンフォートゾーンと心理的安全性の話を書いたが、組織という器でも同じだよなあと思っている。
ちょっとサービスが当たって主力事業ができたとか拡大期になって採用ブランディングが重要になったとかで従業員満足度の最大化に走った姿はけっこう見てきている。ソシャゲは利益率高かったしね。
キレイなオフィスを内装し手厚い福利厚生やイベントたくさんの楽しい会社ですと喧伝して採用で大人気になる。エンジニア天国ですとブランドになるのもちょこちょこある。専門職をやっていると本当に心理的安全性の存在は重要なので当然だ。集中力によってまったくアウトプットのクオリティが変わるからだ。
しかし、従業員満足度の最大化に振って長続きしたところはあんまり無いよなあと直感的に思う。モラルハザードなのかall for oneの焦点がボヤけて力が拡散してしまうのか、それとも内在要因ではなく単に外部環境が主力事業にネガティブな方向に変化したからか。失敗原因はそれこそ100社あれば100通りだろうが。
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