第三世代のミラーワールド

ミラーワールドで世界の残りすべてがデジタル化される

第一世代のwebでテキストがハイパーリンクされ、世界中の情報が繋がった。第二世代のソーシャルメディアで個人がメディアになり、ソーシャルグラフにより人が繋がった。そして第三世代のプラットフォームが幕を開けているという。今年ケヴィン・ケリー氏が発表したエッセイでは、ミラーワールド*1と名付けられている。いろいろな"3"の話を見聞きしたけど、一番しっくりきたので記事にしてみたい。

ミラーワールドとは、カメラやセンサーで大量の現実世界(フィジカル)の情報をインターネットにアップロードして現実世界をミラーリングして作ったバーチャル世界のことを指している。バーチャル世界に現実世界の区画一つ一つがマッピングされた状態だ。カメラの画像が機械学習され3Dモデルに変換され、GPSや深度センサーなどにより目の前のテーブルやビルや道路にコンピュータ情報のメッシュが掛かっていくようなイメージだ。

情報を繋げたweb、人を繋げたソーシャルメディアに続き、ミラーワールドが新たにインターネットに繋げようとしているのはマシンだ。現実世界をマッピングしたバーチャル世界を通して、マシンがあらゆる現実のモノや場所を認識できるようになり、AIが世界を判断できるようになるということを指している。これまでも進んできた自動倉庫や自律走行車がますます進み、人間を労働から解放するためにロボットたちがますます活躍できるようになり、水道や電気や医療などがすべてオンラインに接続されたスマートシティが誕生する。世界の残りすべてがデジタル化されるのだ。

Software is eating the worldの終着点〜AfterDegitalの始まり

なお原文の題は「AR Will Spark the Next Big Tech Platform—Call It Mirrorworld」*2である。テクノロジーのコアとしてARが位置付けられている。ただ、ARという言葉が指している範囲は広くて、人向けのディスプレイにCGを投射するだけではない。ARヘッドセットにもやはり同じものが搭載されるが、マシンたちの眼となるためにカメラ画像やセンサー情報を取り込んで位置推定したり動作を同期したり、現実のモノをバーチャルでもう1セット作る(人ならアバターだ)ことまで含まれている。

世界の残りすべてがデジタル化されるというのは、これまでもいくつもキャッチコピーが付けられてきた。2000年代では、携帯端末や電子タグ(QRコードなどの非接触媒体)を用いていつでもどこでもネットワークを繋げることを、ユビキタスと呼んでいた。

個人的にもっとも有名だと思うのは、2011年に発表された「Why Software Is Eating The World」*3というエッセイだ。スマホがこれから浸透しインターネットに繋がり伝統産業がソフトウェア化するという話だ。その後、スマホでデジタル世界が浸透したと見做し「Online Merges with Offline(OMO)」というキャッチコピーも出てきている。モバイルペイが日常の決済に浸透し、無人スーパーやレンタルサイクルなどが日常生活に出現し、デジタル世界で個人の信用情報が統合される様子のことだ。そして、スマホだけでなくロボットやIoTなどでAIの可動範囲がフィジカル世界に広がるのが「Mirror World」となる。
乱暴ではあるが、世界の残りがデジタル化されていく様子を段階的に表した表現として、Software Is Eating The World → Online Merges with Offline → Mirror Worldという繋がった流れが見えるようだ。現在進行形や動詞だったものが遂に行き渡ったので、静的な「状態」になったという言葉の進行だ。

デジタル化が完了し、まさしくアフターデジタルと言ってもよさそう。ミラーワールドのエッセイでは、ミラーワールドが出来てからその上で起こる人や社会の変化の話が続いていく。スマホがARメガネになり、AIが肉体を持ち、まるで魔法やSFのようなことができるようになり、ビッグブラザー的な監視社会への懸念とそれを防ぐための情報の対称性の必要性というような話である。

what3words

さて、筆者がこのエッセイを読んだ後にもっともミラーワールドを感じたサービスがある。

jp.techcrunch.com

what3wordsは、地球上の全区画を3m×3mのマスで区切り、それぞれに三つの単語を割り振って識別できるようにしたサービスである。例えば、日本だと隅田川の水上を「おわった・ちゃしつ・かみん」のように示す。世界中の住所を共通ルールで再定義しているわけだ。
主な目的は、3単語で覚えやすくすることと、現在の住所が広かったり同じ名称が複数あったりして(例えばロンドンにビクトリアロードが34個もあるなど)待ち合わせや配達に苦労する問題を、一意に特定しやすくすることで解決するものだ。

これはARどころか3Dでもなく、ただの2Dの地図サービスだ。利用するにもヘッドセットなどは要らず、PCやスマホで十分だ。カメラから画像を上げなくてもよいし、センサーはGPSくらいで十分だ。とはいえ、これはまさにミラーワールドのサービスだと思う。なぜかというと、ミラーワールドでマシンやAIが参照するインデックスとはこういうものになるだろうからだ。3単語で全区画を等しく割り振ったルールというのは、抽象的で論理的で記号的な統一フォーマットなので、人が覚えやすいというだけでなくコンピューターが扱いやすくマシンたちにも最適である。実際、what3wordsはドローンの配達にも用いられているという。普段はこのフォーマットで活動し、例えば郵便物を届けるなどで実際の住所情報が必要になった時だけ索引付けを引けばいい。

Javaというプログラミング言語は「write once, run anyware」を謳っている。その肝となるのはソースコードは統一フォーマットで書き、JVM(JavaVirturalMachine)が各動作環境毎の機械言語に翻訳することである。抽象的で論理的で記号的な統一フォーマットで記述できるバーチャル層があり、各実行環境毎に合わせて具体的で物理的で個別的に実行するフィジカル層がある。
what3wordsをソースコードとし各国毎の住所を各動作環境毎の機械言語にアナロジーするとぴったりくるが、ミラーワールドもこのように現実世界を抽象して論理的で記号的な統一フォーマットにする二重化である。

ネットワークのこちら側とあちら側の話

抽象的で論理的で記号的とは、数学のような世界である。あいまいな解釈は起こらず気分によって変わるようなこともなく、定められたルール通りに動くし最適化されればその額面通りに効力を発揮する。また、端子や形状の違いとか在庫状況とか人口数とか道路の混雑とかに縛られずに、つまり物理的な制約を超えて自動化しやすくスケールしやすい。

これが相性いいのは、インターネットで繋がったネットワーク網の登場人物のなかでは、端末側ではなくサーバ側になる。『ウェブ進化論*4では端末側を「ネットワークのこちら側」と呼び、サーバ側を「ネットワークのあちら側」と呼んだ。ネットワークのこちら側は、具体的で物理的で個別的になりローカル性を持ちやすい。ネットワークのあちら側は、抽象的で論理的で記号的に扱えるのでグローバルに展開しやすい。振り返れば、webもソーシャルメディアもネットワークのあちら側の視点で思考し、あちら側とこちら側の間でレンズとなるサービスが勝負になった。レンズとは、webでは検索エンジンで、ソーシャルメディアではニュースフィードだ。

ミラーワールドというとARになり、ARというと3Dモデルやヘッドセットやセンサーの話になりがちだ。それらは間違いなく重要なパーツであるが、一方でそれそのものはユーザーインターフェースだ。ユーザーインターフェースを通して発生したデータやイベントは、インターネットに繋がりネットワークの向こう側に届けられた時に、物理的な制約から解放され他と繋がり指数関数的に価値を増幅する。

世界の残りすべてがデジタル化されていくとなると、もうさすがに集積されたデータや膨大なコンテンツを無作為に活用するのには待ったがかかるだろう。今のように電子書籍で何の本の何ページを読んでるとかだけじゃなくて、今どこにいて誰とどんな会話をしているかということまでインターネットに乗りかねないのだ。(バーチャルな世界でVR会議をしているからでも、リアルな世界でロボットやセンサーが側で稼働しているからでも。)

とはいえ、コンピューターの真価を発揮するために、抽象的で論理的で記号的な世界に出来るだけコンバージョンし指数関数的にスケールさせる力学は止まらないと思う。考えるべきは、秘匿化するべきデータのアクセス許可や利用の規格のような方向だろう。プライバシーを実現するための様々な仕組みも検討され活発に議論や開発が進んでいる。

ミラーワールドは自律走行車や自動倉庫からもう始まっている。世界中のカメラが膨大な画像を生成している。次のレンズが何になるのかはわからないが、ARクラウドやLiDARのように空間情報を担おうという話もあるし、書き換え不能で唯一性を持ったワールドステートという話もあるし、テキストだけでなく画像や音声などのマルチデータも的確に識別しAPIや他のAIへの指示を通して用事をこなしてくれるAIアシスタントの話もある。

本稿ではwhat3wordsを一例に挙げたが、端末側ではなくネットワークのあちら側の視点で次のインターネットに向けて動いてる人たちも既にたくさんいるのである。web、ソーシャルメディアに続く「三番目の世界の窓」となりそうなミラーワールドも、これまでの歴史通りに「ネットワークのこちら側」だけに目を向けるのではなく「ネットワークのあちら側」を考えるべき話になると思っている。

Create the worth network with the spatial interface!