デジタル資産の著作権

 『デジタルオブジェクトはコピーされたがっている』

去年は、漫画村が話題になっていたが、デジタル資産の著作権や所有権は、たぶんインターネットと同年齢と言っていいくらいに昔から議論されてきたし、贋作を排除するために検索エンジンDRM(degital rights managements)のようにテクノロジー面での挑戦も続いてきた。

 

書籍「インターネットの次に来るもの」でも、もちろんのようにデジタル著作物の問題を取り扱っている。インターネットを対象にしているからどこの章でも絡むといえば絡むのだが、特にフローイング、シェア、トラッキングの章あたりで大きなテーマになっているといえそう。

 

 

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

 

 

フローイングの章は、所有することから購読することへの変化を主題にしている。インターネットはコピーしたがっているしデジタルオブジェクトはコピーされたがっているものだと書いていて、如何にDRM的なアプローチが不毛であるかを説いている。川が高きから低きへ流れるように、自然法則を見極め自然法則に沿った流れに合わせることが重要であり、その一つがサブスクリプション型サービスだと説明している。

 

web3.0という話

web3.0というのが、ブロックチェーン界隈から発生している。まだ、よくわかっていないんだけど、一言で言えば、データが企業から個人に回帰し個人をエンパワーメントすることだと思っている。インターネットのビジネスでは、データを抑えたものが収穫逓増の法則が働き富み続けるということに対して、個人情報は個人の元に帰するべきであるということが、その背景になる。

 

データが競争の源泉だという話は、2010年代になってから誰もかれもが言うようになったと記憶しているが、一方で、データを企業から取り戻そうという話は00年代からあった。www(ワールドワイドウェブ)を提唱したバーナーズ=リーは、2000年を超えてからずっと特定の企業がインターネットを支配している現状に異を唱えデータをパブリックへ解放せよと言っていたりする。2009年にTEDで講演したものが今でも残っているし、検索すれば00年代の発言がぞろぞろ出てくる。彼が提唱している分散WEBを具現化するべく、数年前にはSOLIDという規格がgithubにローンチされていて、去年はついにそのSOLIDの実証試験が始まった。

 

www.ted.com 2009年の「THE NEXT WEB」講演

 

SOLIDの主題は、プライバシーの保護となるが、そのためのアクセスコントロールやデータ互換の仕組みが、デジタル資産の著作物管理にも繋がるので、デジタル資産の著作権という観点もテーマになっている。

 

完全に余談だが、バーナーズ=リーという人は、wwwを打ち立て今でもW3Cというweb標準機構の会長を務めている、誰もが認めるインターネットの立役者だ。一方で、現在のweb世界の中心からは窓際族みたいに扱われていることは、少しweb標準というものに詳しい人なら常識的と言ってもいいと思う。web標準の仕様策定は、実質的にWHATWGというブラウザベンダーが主体となるところで討議され、W3Cは規格を発行しているだけの名誉機関みたいな状況が続いてきた。

 

理由はいろいろあるだろうが(ブラウザベンダーたちの利害と完全に対立するものだからとか)、私は、単純に2000年を超えてからのwebというものは、大容量・高速化・高機能が焦点になり、狭くて深い専門家たちの活躍するフェーズへと移り変わったからだと考えている。すでに、大枠の構想は90年代にだいたい出揃い、00年代を超えてからはどう現実を引き上げるかが焦点になった。例えば、光回線敷設のようなインフラ、MapReduceのようなアルゴリズムAjaxのような技術仕様とかの実現手段の提示がスターダムになったわけだ。バーナーズ=リーのように、今はまだできないものだけどこんな仕組みがあったらどうだろうと未来を夢想する人たちの役目は90年代に終えた。 

 

ブロックチェーン著作権者を刻む

ブロックチェーンは、web3.0という話も出てくるが、基本的に90年代のインターネットみたいな状況ともよくアナロジーされている。それなりに技術の積み重ねも行われているが、社会実装という観点にたてば、ほとんどまだ何も成し得ていない状況であるとも言える。そこには、たくさんの夢想家たちがいて、まだ実現できていないけど将来的にはこんなことができるようになるんじゃないかと提唱し、それを別の人たちが反証するといったようなことが繰り返されている。

 

先週末にあるコミットをした。わずか+21行/-7行の小さいコミットだ。

 

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ブロックチェーンに、NFT(Non Fungible Token)というパターンがある。NFTは代替不可な資産を扱うものであり、現実世界の絵画や不動産などの資産を表現することもあれば、ゲームのキャラクターのようなデジタル世界の資産を扱うことに最適なパターンと言われている。コミットメッセージの「record address of author」とは、そのNFTの属性情報にauthorAddressというフィールドを一つ追加したものである。

 

struct TokenMeta {
    string name;
    string description;
    string assetUrl;
    address authorAddress; // ← New!
}

 

ethereumのsolidityという言語を使っていて、authorAddressをaddress型という値型で定義している。address型の実体はbytes20となるが、セットされる値がethereumのaddress形式に従っているかどうかをバリデートしてくれる。こうすることで、ブロックチェーン上に流通するNFTに、著作者のアドレス情報が刻まれる。

 

しかし、これは本当にチープでシンプルで小さい話である。たった1行でできるのは素晴らしいが、あくまでデジタル資産の属性情報の記録である。ブロックチェーンにデジタル資産そのものを保管しているわけではないので、デジタル資産そのもののコピーや改竄防止には何も作用しない。もちろんアクセスコントロールも対象外である。そもそもこの属性情報だって書き換えようと思えば書き換えられる(そのようにスマートコントラクトを作れば)。

 

できることと言えば、書籍がISBNというデータベースに出版者を記録しているように、ブロックチェーンに問い合わせればデジタル資産の著作者がわかるようになること、アドレスが刻まれているため取引発生時に利益再分配するなどの自動執行が可能になるといったことだ。

 

取引利益の再分配といってもザルなもので、トークンの取引は0ETHで行い、別の取引でETHなどの代金を送るようにすれば、スマートコントラクトの利益再分配ロジックは無力化される。NFT同士を物々交換するようなことも始まっている。わざわざ利益再分配という名の手数料引きを許容するなんて、お布施みたいな気持ちがないと成り立たないだろう。

 

それでも、たった1行で、デジタル資産の著作者を刻めることには、可能性を感じる。これはethereumなので、いったん野に放てば、半永久的にデータは存在し続ける。デジタル資産も、IPFSに置けば同じような話になってくる。サービス事業者の継続とは無関係に、世界中のどこか一つの端末にデータが残っていればよいのだ。

 

例えば、今6歳の子が何かお爺ちゃんからデジタル資産をプレゼントされたとしよう。その子が宿題をしないとかなんとかでお母さんを怒らせ、お母さんがそのトークンを売り払ってしまうかもしれない(本来ブロックチェーンは個人の秘密鍵で管理されているはずだが、まあそこは6歳の子供の話ということで)。その子は、30年後仕事につき経済力を付けて忙しい毎日を送る中、ふと6歳の頃を思い出し幼い頃に手放したトークンを探す。ほぼ間違いなく、探し出すことが可能なはずだ。現在の所有者から譲渡してもらえるかは、諸々の要素があってわからないけれど。

 

デジタル資産そのもののコピーや改竄防止やアクセス権限管理も、今、暗号学をベースに各所で研究開発が進んでいるように、将来的には可能になっていくかもしれない。一方、やはり川が高きから低きへ流れるように、デジタルオブジェクトへのそれらのアプローチは自然法則に逆らった無理筋な戦いをしていることとなり、新しいテクノロジー(やはり暗号学がベースとなるかもしれないが)を背景にしてコピーできない価値を打ち立てたネットワークが常識となるのかもしれない。

 

例え、どちらに進んだとしても、ブロックチェーンに乗っかるならば、トークンとして刻まれる属性情報が全ての根底となるデータになるはずだ。それはたった1行で実現できる。そのチープでシンプルでスモールな事象から、まだ形になっていない未来をイマジネーションし仕組みを打ち立てるのは、2000年を超えてからインターネットを先に進めてきた狭くて深い専門家よりも、90年代のバーナーズ=リーのような論理を併せ持った夢想家なんだろうなと思う。